顧客への遠距離マーケティングは、求職者への近距離マーケティングになり得る
顧客への遠距離マーケティングが、求職者には近距離マーケティングになることがある
この記事は、クリエイティブジャンプが提唱する『距離マーケティング』の基本的な考え方を前提とした発展編です。
『距離マーケティング完全解説|近距離・中距離・遠距離で考える中小企業の集客設計』
今回考えたいのは、そのさらに先にある話です。
顧客に対して行った遠距離マーケティングが、求職者に対しては近距離マーケティングになることがある。
一見すると少し複雑ですが、距離マーケティングをより深く考えるうえで、非常に重要な視点だと思っています。
きっかけは、集客のために運用していたSNSだった
この考え方に気づいたきっかけは、採用活動ではありませんでした。
顧客を集めるためにSNSを運用していた、複数の集客案件での出来事です。
その企業は、求人を出していたわけではありません。
採用情報を発信していたわけでもありません。
社員募集を目的にSNSを運用していたわけでもありません。
それにもかかわらず、SNS投稿を見た人から、
『ここで働きたい』
という連絡が届きました。
しかも、一つの案件だけで起きた偶然ではありません。
複数の集客案件で、同じような反応が起きました。
企業側は、顧客にサービスを知ってもらうためにSNSを発信していました。
つまり、顧客に対しては遠距離マーケティングとして行っていた施策です。
しかし、その発信を見た人の中には、顧客として利用するのではなく、
『この仕事に関わりたい』
『この場所で働いてみたい』
と考える人がいました。
このとき、顧客に対しては遠距離マーケティングだったSNSが、求職者に対しては、働くかどうかを判断するための近距離マーケティングとして機能していたのではないかと考えました。
SNSは遠距離、ホームページは近距離と単純には決められない
距離マーケティングを簡単に説明すると、
SNSは遠距離。
チラシは中距離。
LINEは近距離。
このように整理されることがあります。
基本的な理解としては間違っていません。
SNSは、まだ企業を知らない人に広く届けやすい媒体です。
LINEは、すでに接点を持った人と継続的につながりやすい媒体です。
しかし、本来の距離マーケティングは、媒体を固定的に分類するための考え方ではありません。
たとえば、ホームページは距離マーケティングの中でも、単純に分類しにくい施策です。
企業名を知らない人が、検索を通じて初めてホームページを訪れることもあります。
地域や課題に関する検索の中で、企業を知ることもあります。
一方で、すでにその企業を知っている人が、問い合わせや購入の直前に、料金、実績、事例、会社概要を確認するために見ることもあります。
ホームページは、状況によって遠距離にも、中距離にも、近距離にもなり得ます。
これまでの距離マーケティングでは、特にホームページを、
『すでに企業を見つけ、具体的な情報を確認し、次の行動を判断する場所』
として、近距離の重要な施策に置いてきました。
つまり、距離は媒体名だけで決まるものではありません。
その施策が、誰に対して、どのような役割を担っているかによって決まります。
同じことはSNSにも言えます。
まだ企業を知らない人に、サービスの存在を広く知ってもらうために使えば、SNSは遠距離マーケティングです。
地域や業界の中で継続的に目に触れ、『知っている会社』になるために使えば、中距離の役割を持つこともあります。
そして、すでにその企業への応募を考えている求職者が、仕事内容、職場の雰囲気、働いている人、企業の考え方を確認するためにSNSを見るのであれば、ホームページと同じように、近距離マーケティングとして機能することがあります。
距離は、媒体ではなく相手との関係の中で決まる
ここで重要なのは、SNSを見た人の気持ちが変わったから、遠距離が近距離になったという話ではないことです。
距離マーケティングは、心理的な親しさや好意の強さを測る理論ではありません。
企業には、複数の相手との関係が同時に存在しています。
顧客との関係。
求職者との関係。
取引先との関係。
地域との関係。
社員との関係。
同じ発信を見ていても、その人が企業と結ぼうとしている関係は異なります。
たとえば、企業のInstagram投稿を見ている人が二人いるとします。
一人は、そのサービスをまだ知らなかった顧客候補です。
その人にとって、投稿は企業の存在を知るための遠距離マーケティングです。
もう一人は、その企業への応募を具体的に考えている求職者です。
その人は投稿から、
『どのような仕事をしているのか』
『どのような人が働いているのか』
『顧客にどのように向き合っているのか』
『自分がここで働く姿を想像できるか』
を確認しています。
この求職者にとって、そのSNSは、応募するかどうかを判断するための近距離マーケティングとして機能しています。
同じ投稿が途中で遠距離から近距離に変化したわけではありません。
顧客との関係では遠距離。
求職者との関係では近距離。
企業と相手との関係が違うため、同じ発信が異なる距離の役割を担っているのです。
一つの企業には、複数の距離が同時に存在する
これまで距離マーケティングは、主に顧客との接点を整理するための考え方として説明してきました。
しかし、企業を見ている人は顧客だけではありません。
商品やサービスを購入しようとしている人。
その地域に住んでいる人。
取引を検討している企業。
その会社で働くことを考えている人。
すでに働いている社員。
企業には、それぞれの相手に対する近距離・中距離・遠距離があります。
顧客には、顧客との距離があります。
求職者には、求職者との距離があります。
取引先には、取引先との距離があります。
そして、一つの発信が、複数の相手との距離に同時に作用することがあります。
今回のSNS投稿もそうでした。
顧客に対しては、サービスや店舗の存在を知ってもらう遠距離マーケティングでした。
一方で、働く場所として企業を見ていた人にとっては、仕事や会社を確認する近距離の情報になっていました。
距離マーケティングは、顧客だけに存在するものではありません。
企業が関係を持つ相手ごとに、異なる距離が存在します。
『誰に向けた施策か』と『誰に作用するか』は一致しない
通常、マーケティング施策は目的から考えられます。
顧客を増やすためのSNS。
来店を促すための広告。
採用するための社員インタビュー。
再来店を促すためのLINE。
しかし、施策をつくるときに設定した対象と、実際にその施策が作用する相手は、必ずしも一致しません。
顧客に向けた発信を、求職者が見ていることがあります。
採用に向けた発信を、顧客や取引先が見ていることがあります。
社員に向けた発信が、外部に共有されることで企業への信頼につながることもあります。
一つの発信は、企業が設定した一つの目的だけに作用するわけではありません。
だからこそ距離マーケティングでは、
『この施策は何距離か』
だけで終わらせるのではなく、
『誰に対して、何距離の役割を担っているのか』
『本来想定していた相手以外には、どのように作用しているのか』
まで見る必要があります。
顧客への発信は、求職者にとって企業文化の証拠になる
採用ページには、多くの会社が似たような言葉を掲載しています。
『お客様を大切にしています』
『社員が活躍できる会社です』
『一人ひとりの個性を尊重します』
『風通しの良い職場です』
もちろん、これらの言葉が間違っているとは限りません。
しかし、求職者が本当に知りたいのは、会社が採用ページで何を宣言しているかだけではありません。
実際に、どのように顧客や社員と向き合っているのかです。
顧客へのインタビュー記事。
サービスをつくった背景。
代表者の考え方。
社員が顧客について語る動画。
問題が起きたときの対応。
日頃のSNSで使われている言葉。
こうした顧客向けの発信には、企業の価値観が表れます。
求職者は、企業が採用のために用意した言葉だけではなく、普段の発信から会社の実態を読み取っています。
採用ページで『顧客を大切にする会社です』と書くことは、企業からの宣言です。
実際に顧客と丁寧に向き合っている記事や動画を継続的に公開することは、その宣言を裏付ける証拠です。
顧客に向けて行っていた遠距離マーケティングが、求職者にとっては、応募を判断するための近距離マーケティングとして機能します。
顧客に選ばれるために積み重ねてきた発信が、求職者から選ばれるための材料にもなるのです。
求職者にとってSNSは、ホームページと同じくらい重要な情報源になっている
求職者が企業を調べるとき、採用ページだけを見るわけではありません。
企業名を検索する。
顧客向けのホームページを見る。
InstagramやTikTokを見る。
代表者の名前を調べる。
サービスの口コミを見る。
掲載されている記事を読む。
そこで働いている人の発信を見る。
特にSNSには、ホームページや採用ページだけでは分かりにくい、日常の仕事が表れます。
どのような顧客と関わっているのか。
どのような企画を行っているのか。
どのような言葉で顧客に向き合っているのか。
現場で働く人がどのような表情をしているのか。
企業が日頃、何を大切にしているのか。
求職者にとってSNSは、単に企業を知るためだけの媒体ではありません。
働く場所として信頼できるかを確認するための重要な情報源です。
この意味では、求職者にとってのSNSは、顧客にとってのホームページに近い役割を持ちます。
企業の存在を知ったあとに、さらに詳しく確認し、次の行動を判断する場所だからです。
したがって、
『SNSは遠距離だから、採用でも遠距離である』
とは一概に言えません。
顧客に向けては遠距離マーケティングとして使われていても、求職者に向けては、ホームページと同じように近距離マーケティングとして機能することがあります。
仕事を探していなかった人まで動くことがある
今回『働きたい』と連絡をくれた人たちの中には、もともと求人を探していなかった人もいました。
求人媒体で会社を見つけたわけではありません。
転職先を比較していたわけでもありません。
顧客向けに発信されていた仕事や取り組みを見て、
『この仕事に関わりたい』
と思ったのです。
これは、通常の採用活動とは少し異なります。
一般的な採用活動では、すでに仕事を探している人に対して、会社や募集条件を伝えます。
一方で今回起きたのは、仕事を探していなかった人が、実際に行われている仕事を見たことで、その会社で働くことを考え始めたということです。
求人があったから会社を見たのではありません。
仕事が見えたから、働くという選択肢が生まれました。
顧客向けの遠距離マーケティングが、まだ求職者ではなかった人にも届き、その後、求職者として企業を具体的に確認する近距離の情報として機能したのです。
なぜ『働きたい』と思うほど人が動いたのか
ここまでは、距離マーケティングによって説明できる部分です。
顧客向けに行っていた遠距離マーケティングが、求職者にとっては、企業や仕事を具体的に確認する近距離マーケティングとして機能していた。
では、なぜその人は、単に『面白そうな会社だ』と思うだけでなく、『働きたい』と連絡するほど動いたのでしょうか。
この部分は、接点の距離だけでは説明できません。
ここで関係するのが、クリエイティブジャンプが提唱する『引力マーケティング』です。
SNSに引力があったのではなく、仕事そのものに質量があった
引力マーケティングは、SNSで人を集める方法や、企業側から追いかけずに問い合わせを増やす方法ではありません。
商品、サービス、店舗、企画、コンテンツなど、人が向かう中心そのものに質量を持たせる考え方です。
今回の出来事も、
『SNSを使ったから人が集まった』
という話ではありません。
SNSは、企業の仕事を外から見える状態にした接点です。
その発信を見た人が『働きたい』と思ったのは、そこに映っていた仕事や取り組みそのものに、人を向かわせるだけの質量があったからだと考えられます。
顧客に対して本気で向き合っている姿。
他では見られない企画や活動。
細部まで考え抜かれた仕事。
そこで働く人の思想や熱量。
積み重ねられてきた成果や顧客との関係。
今後さらに発展していきそうな可能性。
こうした要素が、SNS投稿の中から見えた。
その結果、
『どこかで働きたい』
ではなく、
『この仕事に関わりたい』
という動機が生まれたのだと思います。
SNSそのものが人を引き寄せたのではありません。
SNSによって外から見えるようになった仕事に、働きたいと思わせる質量があったのです。
一つの発信に、すべての目的を詰め込むという話ではない
念の為、ここで注意したいのは、
『すべての発信を、顧客にも求職者にも取引先にも向けてつくるべきだ』
という話ではないことです。
一つのコンテンツに多くの目的を詰め込みすぎると、誰に何を伝えたいのかが分からなくなります。
顧客向けの広告に、突然採用メッセージを入れる必要はありません。
採用記事に、無理やり商品の販売導線を置く必要もありません。
発信をつくるときには、まず主たる対象と役割を決めるべきです。
そのうえで、
『この発信は、ほかに誰が見る可能性があるか』
『その人に対しては、どの距離の役割を持つか』
を考えます。
すべての人に同時に売り込むのではありません。
一つの発信が持つ副次的な作用まで見落とさず、別の相手にもどのように届いているかを見るということです。
距離マーケティングは、顧客だけの理論ではない
距離マーケティングにおける近距離・中距離・遠距離は、媒体の種類を表す言葉ではありません。
企業と相手との間で、その施策がどのような役割を担っているのかを表す言葉です。
だから、顧客に対して遠距離の発信が、求職者に対して近距離の発信になることがあります。
顧客に向けたSNSが、求職者に会社の人柄や価値観を伝える。
顧客から選ばれている姿が、求職者に会社の将来性を伝える。
顧客への丁寧な向き合い方が、求職者に企業文化を伝える。
採用のためにつくられた言葉ではなく、日頃の顧客への行動そのものが、求職者にとって最も信頼できる採用情報になることがあります。
距離は、媒体名だけでは決まりません。
同じ発信でも、顧客との関係では遠距離、求職者との関係では近距離になることがあります。
顧客への遠距離マーケティングは、求職者への近距離マーケティングになり得る。
今回の記事で伝えたかったのは、採用施策のつくり方ではありません。
顧客向けに行っている発信も、顧客だけが見ているわけではないということです。
一つの発信は、企業が想定していた相手とは別の人にも届き、その人にとって別の距離の役割を持つことがあります。
距離マーケティングは、一つの媒体に一つの距離を当てはめる考え方ではありません。
誰に対して、どのような役割を担っているのか。
そこまで見て初めて、同じ発信が持つ本当の働きが見えてきます。